モンゴルの子供達の虫歯予防に向けて➋

本事業は、2019年8月にウランバートル市チンゲルティ区長の要請に基づき、市川市歯科医師会の協力で当機構の千葉光行理事長他4名から成る調査団を派遣したことがきっかけだ。調査結果を踏まえてJICA(国際協力機構)の「草の根技術協力事業」に応募し、2020年11月に採択された。事業の目標は学校歯科検診の仕組みづくりだ。

2022年6月に実施した日本研修では、地区保健センターの歯科医やモデル校2校(第37番学校と第50番学校)(※1)の学校長、学校保健行政官、大学教授等11名の研修員を招聘。セミナーや小中学校での歯科検診の視察、供与した検診機材(口腔検診ミラーや煮沸消毒器、LED照明灯等)の使用方法のガイダンスを行った。(本誌12号参照)本稿では、その後のチンゲルティ地区の対応と、同年9月に実施した現地訪問指導(※2)についてレポートする。

※1 公立学校は12年生(5・4・3)で、義務教育は中学生までの9年間。校名は番号で表記する。

※2 2022年9月に日本人専門家(市川市歯科医師会の藤野氏、長谷川氏、翠川氏)とプロジェクトマネージャーの稲垣氏が現地指導のために同地区を訪問。

チンゲルテイ地区  現地レポート

チンゲルティ区役所の施策

区が設置した洗面台で歯を磨く生徒たち(第50番学校)
区が設置した洗面台で歯を磨く生徒たち(第50番学校)

  日本から研修員が帰国すると同時にチンゲルティ区役所は予算を計上。まずは両校にそれぞれ24台の歯みがき台を設置した。さらに保健センターの歯科医師数を2名増員するとともに、歯科検診の時間帯を夜8時まで延長し、土曜日(10時~15時)も検診日とした。また、モデル校の取組みを普及する目的でビデオも制作。地区のウェブページとフェイスブックに掲載した。

 バトスンべレル・ナツァグドルジ区長は、「日本では行政が大きな役割を果たしていると報告を受けたため」と語る。「日本はかつてむし歯問題を抱えていたと聞いています。ところが今では驚くほど少なくなっている。その経験を生かして支援いただくことに感謝するとともに、学んだことを実践しているのです。」子どものむし歯は、モンゴル全土で大きな問題となっている。バトスンべレル区長は「虫歯予防はモンゴルの投資」と位置づけ、両モデル校の実績に基づきウランバートル市の学校で歯科検診の仕組みを広め、ゆくゆくは全世代間でのむし歯を少なくする方針を示した。

 

予算について、バヤンバートル・プレブジャブ区長室長は、2020~2024年に区全体を健康にする目的で掲げた「健康なチンゲルティ地区」に本プロジェクトの費用を組み入れたことを報告。プロジェクトの結果に基づきモデル校を年に5校づつ増やし、将来は区外にも広げる計画を発表した。

バトスンべレル・ナツァグドルジ区長(前列向って右)
バトスンべレル・ナツァグドルジ区長(前列向って右)

モデル校での歯科検診

 両モデル校が最初に行ったのが全生徒に対する歯科検診だ。(ただし、第50番学校は日本人専門家の視察に備えて3クラスを保留)日本での研修内容に沿った検診・会場設営・運営方法で、器具や機材も日本が提供したものを使用した。検診は日本研修に参加した歯科医師2名が担当し、アシストには記録係、歯科大学の院生、介助が付いた。検診票は、国立医科科学大学歯学部のオユンツェツェグ・バザル教授が日本の様式をモンゴル向けに改訂したものを用い、集計は2名の歯科医師が行った。

第37番学校の取組み

 同校では、1~12学年全63組2063名の生徒のうち、1896名に歯科検診を実施した。学校長のトンガラグ・ズルズガ氏によると、歯の健康に問題がある児童・生徒が小学校では9割、中学・高校では8割を占めた。DMF歯数(※3)は、小学校は8本以上、中学・高校で4~5本で、抜歯の必要本数も多かった。「歯科検診は以前も数回行いましたが、小学校の一クラス40名だけでした。今回、全生徒を対象にしたことで、正確に状態を把握することができました。」

※3 DMF歯数:う蝕経験を表す指標の一つ。Decade (未治療の)、Missing (欠損している)、Filling(治療済みの)の頭文字。D・M・Fに属する歯の合計がDMF歯数となる。

第37番学校
第37番学校
歯科検診(第37番学校)
歯科検診(第37番学校)

学校歯科保健委員会のメンバー(第37番学校)(前列向って左から3人目がトンガラグ・ズルズガ氏)
学校歯科保健委員会のメンバー(第37番学校)(前列向って左から3人目がトンガラグ・ズルズガ氏)

 組織づくりでは、学校長を委員長に、教員、保護者と生徒代表、区役所職員17名で構成する学校歯科保健委員会を発足した。「委員会のメンバーが既存の保護者会に参加し、早速6~9年生のクラスで歯みがきの研修を行っています。今後は小学校と高校の保護者会でも実施していきます。」全保護者には、学校で歯みがきができるように歯みがきセットを購入してもらった。日本のように、虫歯治療の勧告書を家庭に送ることも検討中という。

啓発活動では、生徒や教職員を対象に「健康な歯・健康な生活」をテーマに次のコンテストを開催した。

1~3年生:絵画コンテスト

4~5年生:作文コンテスト

6~10年生:エッセイコンテスト

11~12年生:新聞づくりコンテスト

教職員:ポスターコンテスト

全生徒:TikTok(ショートムービーを投稿できる動画共有サービス)でのビデオコンテスト

教職員ポスターコンテストの作品(第37番学校)
教職員ポスターコンテストの作品(第37番学校)
コンテストの表彰式(第37番学校)
コンテストの表彰式(第37番学校)

 トンガラグ氏は、委員会の発足と啓発活動により、短い時間で成果を出せていると自信を見せる。同校はゲル地区(※4)にあり、生徒の97%はそこから通学している。「生活水準が低い保護者が多く、むし歯予防の意識が希薄だったにもかかわらず、プロジェクトの意義が伝わっています。」効果をもたらしたのが検診データの集計と分析に基づく勉強会だ。「今後はこうした活動をいかに継続するかが大事だと思っています。」

※4 ゲル地区:   首都に移住した遊牧民が形成するゲル(移動式の住居)や簡易住宅の居住区。

第50番学校の取組み

 第50番学校では、1~12学年全58組2455名の生徒のうち2406名に歯科検診を実施した。同校でも歯の健康問題は深刻で、小学生の9割にむし歯があった。学校長のアマル・バザルグル氏は結果を受け、早速学校長を委員長に13名で構成する学校歯科保健委員会を発足。啓発活動では、2~12年生を対象に絵のコンテストを、10~12年生を対象にTikTokでのショートビデオコンテストを実施し、保護者向けにビデオも制作した。内容は、プロジェクトの意義と期待される効果、短期間での実績(区役所の対応、歯科検診の結果、啓発活動の内容)だ。

第50番学校
第50番学校
歯科検診(第50番学校)を行うソロンゴ・ヒシグジャルガル氏(中央)
歯科検診(第50番学校)を行うソロンゴ・ヒシグジャルガル氏(中央)

教師全員への歯みがき指導(第50番学校)
教師全員への歯みがき指導(第50番学校)
絵画コンテストの作品(第50番学校)
絵画コンテストの作品(第50番学校)
歯科検診の評価会(向って右から2人目がアマル・バザルグル氏)
歯科検診の評価会(向って右から2人目がアマル・バザルグル氏)

アマル氏は、健診結果のデータを共有し、歯の健康状態(むし歯、歯並び、歯肉炎、歯垢)を正確に伝えた効果は大きいと語る。「予防の意識が、児童・生徒はもちろんのこと、保護者や教員に根付いてきています。よいスタートが切れたので、結果にも期待しています。」今後は口腔の教育を継続実施し、歯の教育レベルを向上させたいと語る。「プロジェクトの成果が3年後に表れるわけではありませんが、将来的にたくさんのことが変わるでしょう。プロジェクトチームと協力しながら学校全体で全力を尽くしていきます。」

 

同校の学校歯科保健委員会では、生徒代表が「『健康な歯・健康な生徒』の名称でクラブを発足し、後輩たちの意識を変えることに取組みたい」と発言。教師の一人は「保健のカリキュラムで歯の時間もあるが1年間に1コマのみ。むし歯予防は少し触れるだけで歯みがきを教えることはできていない。今後は、今回の研修内容を保健教育に取り入れるべき」と提言した。

 

これを受け、歯科医師のソロンゴ・ヒシグジャルガル氏は「まずは学校給食後の歯みがきを習慣化させることが大切」とし、「その時に担任が正しい方法を教えられないか」「特に小学生は親に言われないと歯みがきをしないので、保護者の考えを変えることが大切」と協力を求めた。

 

一方の保護者代表は「歯の健康が成長期の子どもに大切なことがわかった」と理解を示しながらも「保健センターは予約が取りにくいので本校生徒の予約枠を設けて欲しい」「民間の歯科医院を営む保護者に格安で治療していただきたい」といった要望を訴えた。

 

最後に、区長室行政部長のハンガイ・ナムジルドルジ氏が「むし歯は社会の発展に影響するため、政策として取組まねばならない」と行政の立場を再確認した上で「大事なのは児童・生徒の主体性をいかに引き出すかだ」と保護者と教育関係者のさらなる理解と協力を求めた。

専門家の見解

オユンツェツェグ・バザル氏(国立医科科学大学歯学部教授)

 かつての歯科プロジェクトは、歯科医師が中心だった。本プロジェクトでは、区役所が中心になり学校長や歯科医師等が参加している。好スタートを切っており、結果が期待できる。プロジェクトの遂行に不可欠なのが、目標や内容を関係者一同が共有することであり、この点において日本での研修が大いに役立っている。

一方でモンゴル人には、うまくいかないと諦める傾向がある。過去、プロジェクトの多くが頓挫したのもそのためだ。数値に一喜一憂するのではなく、長期の視点で子どもたちや保護者、さらには区民や国民の意識を変えねばならない。将来への投資と考えるべきだ。そうすれば、いずれ親になる子どもたちが優れた家庭環境を築いていける。大学としては、専門知識と実践でプロジェクトをサポートしていく。

藤野紫重(むらしげ)氏(歯科医師)

 我々の想像を超えた内容、スピード、熱意でプロジェクトに取組んでいる。特に学校での活動を教師と子どもたちが楽しんでいる印象を受けた。これは大切なことだ。予防で最も大切なのは家庭の理解と協力であり、学校歯科保健委員会の役割が重要だ。結果が出るのが5~10年後なので、歯科検診と同時に「歯みがき運動」も継続していただきたい。

継続にあたっては、「歯科医が少ない」「設備が整っていない」という現状の中、「さほど費用をかけずに効果を上げるにはどうすればよいのか」皆で知恵を出し合っていきたい。単に日本を真似るのではなく、チンゲルティ地区独自の方法が望ましい。オユンツェツェグ教授といった専門家のアドバイスを取り入れることが重要だ。

長谷川勝氏(歯科医師)

 充実した歯科検診が始まったことを高く評価する。1年目でよくここまでの体制をつくったと思う。

驚いたことが二つある。日本には幼い子どもの中に検診を嫌がる子がいるが、ここには一人もいないことと、プロモーション用ビデオの質の高さだ。歯みがきの様子は明るく前向きで、モチベーションの高さを感じる。

今回、モデル校に第37番学校と第50番学校を選んだ理由は、両校が位置する地域経済的要因を反映させることにある。今後チンゲルティ地区やウランバートル市全域で対策を立てるために役立つはずだ。3年間で数値目標を立てるのは難しいので、数字に表せない成果を上げていただきたい。そのためには今のモチベーションを維持することが大事だ。

翠川鎭生氏(歯科医師)

 今回のモンゴル訪問で初めて子ども達の口腔内を診て、予想以上にむし歯が多いことに驚いた。また、未処置歯数が多く、すべてのむし歯を治療するにはかなりの年月が必要になると思われた。子ども達の現状と医療環境を考慮すると、学校歯科検診の定着と普及に加え口腔の健康を早期に回復するには、次の対策が必要と思われた。

❶むし歯の発生原因と予防法を児童、教員、保護者、行政の担当者に理解してもらうこと。妊婦への指導も望まれる。

❷重症の子ども達を優先的に治療できるシステム。

❸むし歯の進行を遅らせること。

❹新たなむし歯をつくらないこと。特にむし歯予防には、学校で行う週一回のフッ化物洗口と、家庭での高濃度フッ素含有の歯磨剤を使ったブラッシングが効果的。

稲垣富一氏(プロジェクトマネージャー)

 今回の目的は、学校歯科保健委員会を発足し体制づくりをすることと、むし歯予防対策を決めることの二つだ。第一歩を大きく踏み出していただいたことを心強く思っている。早速検診結果を現地と日本側が協力して分析・評価し、学校歯科保健委員会を通じて関係者全員に共有していく。

プロジェクトの目標に向け、検診データを活用する仕組みを我々は重視している。大きな挑戦となるが、一致協力して我々と取組んでいただきたい。



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