健康都市とSDGsのまちづくり

 市川市は東京都に隣接するベッドタウンとして人口約49万3千人を擁する。京葉工業地帯の一翼を担いながら梨栽培など農業が盛んで、文教施設も多い。2004年に全国に先駆けて導入した健康都市の施策は今も引き継がれている。(聞き手 千葉光行)

市川市 田中甲市長

市政の運営にあたって

 

千葉

 市長は、2022年4月に市川市長に就任されました。それまでは17年間にわたり、地方政治から国政まで務められています。現在の心境についてお聞かせください。

 

 

田中

 国政と比較して覚えることが山ほどあり、市長職は大変だと痛感しています。国政には、政務、党務、選挙活動の3本柱があり、それができるようになれば一人前ですが、大勢の議員がいるので、一人の力は相対的に大きくありません。ところが市長は違います。国会議員の3倍くらい忙しいと実感しています。

 

千葉

 市政を運営するには、職員と心を一つにすることが大切です。どのような試みをされているのですか?

 

田中

 

 まず始めたのが8時25分から15分間の朝礼です。ただし、単に朝礼で号令するだけでは心に届きません。そこで「信頼される市政づくりのために、任期中は市長の給料を3割削減して退職金をいただきません、その代わり皆さんには朝15分時間をください」とお願いしました。そこでは各部署で「市民生活に何が大事なのか」「支障をきたしていることはないか」について、細部まで意見交換しています。小さなミスや気の緩みが無いように気を付けるためです。私も部長から細大漏らさず報告を受けるとともに、できるだけ現場に足を運ぶようにしています。

健康寿命日本一をめざして

千葉

 健康都市の施策では主に何を掲げているのでしょうか?

 

田中

 「健康寿命日本一」です。千葉理事長が市長時代の18年前に導入した健康都市が実りつつある今、さらなるステップとして健康寿命の延伸に取組むべきと考えました。長寿社会とはいえ、病院で寝たきりの状態では生きがいのある人生とは言い難い。できるかぎり健康で過ごすことが、本人や家族にとって何よりも重要です。

 

千葉

 自立した人々にも、コロナ禍によるひきこもり生活が蔓延してしまいました。「社会参画」の重要性が再認識されていますね。

 

田中

 課題は、「どのように支援するか」であり、私が注目するのが自治会です。先日ある自治会の子ども祭りに参加したのですが、三世代が交流する姿を見て「地域コミュニティは自治の基盤」と改めて思いました。一方で本市では市民の健康リーダーである市川市健康都市推進員会の皆さんが元気に活動している。その健康増進の輪を地域に広げていただけないかと。

 

市川市健康都市推進員会(前列向って右から3人目が桒岡会長)
市川市健康都市推進員会(前列向って右から3人目が桒岡会長)

千葉

 住民自治と行政との協働において自治会は重要です。課題は価値観の多様化等により、加入率の低下が止まらないことです。会費に見合う直接的なメリットが求められるのかもしれません。住民同士が協力し健康づくりに励むのが一案で、その場合、自治会は同推進員会の活動の場になり得ると思います。恒例の「健康フェスタ」では、推進員が体操指導や健康チェックを行っています。そうした試みを自治会に取り入れていただくことが「健康寿命日本一」につながるのではないでしょうか。

 

田中

 

 私はスポーツが大好きで、世代に合わせたスポーツイベントに市民を巻き込むことも考えています。オリンピックやプロスポーツ選手の輩出は栄誉ですが、市民の健康度を上げるまちづくりを優先します。そのためには健康都市推進員をはじめとする地域の健康リーダーたちをつなぐと同時に、地域に隠れた人材を掘り起こす視点も欠かせません。

健康都市とSDGs

千葉

 健康都市の取組みにはSDGsも含まれています。昨年同様、今回の「健康フェスタ」(※)のテーマもSDGsですね。

 

田中

 100名を超える方々に参加いただきました。今回、健康都市推進員会には握力測定とタオル体操をお願いしました。協力企業による血管年齢測定や野菜摂取レベルを手のひらで測定できる「ベジチェック」等もあり、大変盛り上がりました。

 

※健康フェスタ:市民の健康づくりの輪を広げることが目的。第5回となる今回は2022年10月9日に全日警ホールで開催。

 

主催:市川市  

共催:市川市健康都市推進員会、認定NPO法人健康都市活動支援機構

協力:京葉ガス株式会社、明治安田生命保険相互会社、山崎製パン株式会社

市川市健康都市推進員会の指導でタオル体操を体験
市川市健康都市推進員会の指導でタオル体操を体験

SDGs講演会には、調理師で第57次南極観測隊料理人となった渡貫淳子氏を「南極流食と暮らし」をテーマにお招きしました。(概要は下方向にスクロール)南極では食料の制限にくわえ、自然環境保護の観点からゴミや水の排出にも制約があります。そうした生活体験とともに、フードロスを無理なく減らす調理法についてお話しいただきました。

 

千葉

 南極シェフとSDGsについて考えたのですね。ところで、市川市ではSDGsにどのように取組まれているのでしょうか?

 

田中

 2030年までに達成すべき17の目標に向け国連加盟国が取組みを加速させる中、本市も施策を推進しています。実際、目標1の「貧困をなくそう」と目標2の「飢餓をゼロに」は遠い国のことではありません。身近な都市に貧困や飢餓が隠れており、当市にも欠食児童は存在します。栄養摂取は健康な成長に不可欠であるため、小中学校の給食費無償化に踏み切りました。

 

千葉

 「誰ひとり取り残さない」というSDGsの理念を反映した政策だと思います。とはいえ、その分予算を調整しなければなりませんね。

 

田中

 来年度から3年間、原則として新規事業を凍結します。また、各部局の予算要求額を今年度の当初予算額から5%削減するほか、新たな土地の購入を抑制する方針です。将来を見据え、財政健全化のために喫緊の政策課題にしましたが、一方で真に必要なサービスは堅持します。

 

千葉

 そして目標3の「すべての人に健康と福祉を」に合致するのが「健康寿命日本一」ですね。

 

田中

 そのとおりです。さらにSDGsでは、環境も重視しています。本市の下水整備率はいまだに76.8パーセントで、工場排水や生活排水による河川の汚濁も完全に改善されたわけではありません。そこでインフラ整備と水質浄化、緑と公園のネットワークによる「水辺のまちづくり」を計画しました。

 

その上カーボンニュートラルへの取組みで空気をきれいにし、目標11の「住み続けられるまちづくり」の達成をめざします。事業の推進に向け、政策参与に市内在住で環境問題のノーベル賞と呼ばれる「ゴールドマン環境賞」を受賞した平田仁子氏をお迎えしました。平田氏は、市民の協力があれば太陽光により消費電力の6割を賄えると試算しています。まずは二酸化炭素の発生源を「見える化」し、有効な対策を講じていきます。

 

千葉

 最後に、市長は健康都市とSDGsをどのように捉えているのでしょうか?

 

田中

 

 健康都市とSDGsの原点は同じで、「自然」にあると思っています。人間は自然の一部であり、自然への謙虚な姿勢が根底になければならない。その視点に立って健康都市とSDGsの施策を進めていきます。

田中  甲(たなか  こう)氏

千葉県市川市長

1957年市川市生まれ。立教大学社会学部卒業。

1987年市川市議会議員初当選以降、千葉県議会議員(2期)、衆議院議員(3期)と地方政治から国政まで17年間務める。2022年4月に市川市長就任。

SDGs講演会 「南極シェフに聞く! 南極流 食と暮らし」

 講師:渡貫  淳子氏

 私が第57次越冬隊(2015年12月〜17年3月)の一員として南極昭和基地に赴いたのは、子育てが一段落した41歳の時だった。きっかけは2009年公開の映画「南極料理人」を観たことだ。「隊員たちのために料理を作りたい!」と決意し、3回目の挑戦で採用された。

参加した第57次越冬隊は、隊長以下観測系12名と設営系17名の計30名で構成され、設営系には医者やエンジニア、車の整備工、調理師といったさまざまな職種が含まれた。

 

南極では、1年間食糧補給ができないため、食材30トン以上を日本から持ち込まねばならなかった。配慮したのは、極力日本と変わらない食事を提供することだ。予め隊員たちの好みや出身地を聞き、地元の味噌や食材も調達した。

 

正月やクリスマス等の行事食を提供したり、氷上での流しそうめんや餅つきといった楽しみも企画した。南極での食事は、栄養補給と同時に「心」を支えるために欠かせないためだ。

 

 

一方で「環境への負荷をいかに減らすか」も大きな課題だった。実践したのは徹底してロスを出さない調理だ。例えば、週1回のカレーでは、福神漬けの漬け汁や缶詰の汁等も全部カレーに入れ、残りはドリアやカレーうどんにした。残り物の天かすとあおさノリを使った夜食用おにぎりは特に評判がよかった。(これはテレビやSNSで取り上げられ、ローソンが「悪魔のおにぎり」として発売。大ヒット商品となる)

氷上の流しそうめん(左)と悪魔のおにぎり
氷上の流しそうめん(左)と悪魔のおにぎり

 

 

 

生ゴミと排水にも神経を使った。環境保護条約のもと、ゴミはすべて持ち帰らなければならない。生ゴミの場合、処理機でまず乾燥させて小さくし、焼却炉で灰にしてドラム缶に詰めて持ち帰る。排水やし尿も同様だ。汚水処理槽でBOD値(生物が水中の有機物を分解するのに必要とする酸素の量)の基準をクリアーさせた後、分離した汚泥を生ゴミと同様に処理する。

 

帰国後は生活環境のギャップにより体調不良に見舞われてしまう。当たり前の生活がどれだけ環境に負荷をかけているのかを知ってしまったためだ。スーパーで総菜が山積みになっているのを見た時には、閉店後に破棄される量を想像し涙が溢れた。大量消費型社会に南極で培った精神が馴染まなくなってしまったのだ。しかし、日本で暮らすからには折り合いをつけねばならない。考えた末、南極での体験を伝え、「地球環境のために何ができるのか」を一緒に考える活動から始めることにした。

 

 

SDGsは、今の状況があと30年は続かないことを訴えている。何かアクションを起こさねばならない。身近なのが食品ロスだ。家庭食品ゴミの内訳をみると、直接廃棄(料理にも使われずに捨てられるもの)が35%、過剰除去(根っこや皮など多く切り取られてしまうもの)が22%、食べ残しが41%を占めている。まずは自分が出しているゴミの種類を知ることだ。消費期限と賞味期限の違いを理解し、賞味期限切れは捨てる前に食べてみて欲しい。献立は在庫から考える。野菜の根っこや皮は最低限の範囲で取り除くこと。残った総菜はパンケーキの具になるし、お茶の茶殻はふりかけやお菓子作りに活用できる。地産地消は食品ロス解消の手段でもある。しかしながら無理は続かないので、意識して自分ができる範囲のことから心がけていただきたい。

渡貫 淳子(わたぬき じゅんこ)氏

 

 1973年青森県八戸市生まれ。調理師。「エコール辻東京」を卒業後、同校の日本料理技術職員に。一般公募の調理隊員として2015年~17年南極で過ごす。帰国後は学校をはじめ、食に関係する団体、女性対象の講座などで講演活動を始める。新聞、雑誌、テレビなど多方面で活躍。2019年1月平凡社から『南極ではたらく かあちゃん、調理隊員になる』を刊行。「ママさん南極調理隊員」として日テレ「世界一受けたい授業」に出演し話題となる。



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