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コロナ禍で急がれる介護予防の一大プロジェクトが始まった ~豊田市が5億円規模の官民連携による成果連動型事業に着手!~

 長引くコロナ禍で高齢者のフレイル進行が懸念される中、豊田市では5ヵ年5億円規模の介護予防事業がスタート。

新たな官民連携の手法(ソーシャル・インパクト・ボンド)に注目が集まっています。

「高齢者の社会参加」を促す大規模なプロジェクト

 “クルマのまち”として知られる豊田市(人口約42万人)は、野菜果実を育む田園や豊かな森林が広がる“緑の町”でもあります。

 市ではこれまで、高齢者の健康増進の取り組みを保健師が中心となって進めてきました。しかしここ数年、職員は新型コロナウイルス対策に追われ、高齢者の介護予防対策に十分力を注げませんでした。同時に、感染・重症化を案じる高齢者が外出や交流を控え、フレイル(体や心の衰え)の進行が懸念されています。これは同市に限らず、全国の自治体が抱える社会課題として顕在化しています。

 「行政として何とか手を打ちたい。しかし、職員の手が回らないとなれば、民間のお力を借りなければなりません」、こう語るのは、同市企画政策部 未来都市推進課の小林秀平担当長です。「介護予防対策に民間事業者さんのノウハウ・サービスをご提供いただき、高齢者の社会参加の機会を増やしたい」。

 こうして2021年7月に始まったのが「ずっと元気!プロジェクト」。2026年までの5年間で予算総額5億円を投入し、介護保険給付費10億円の削減をめざします。

成果連動型の新しい仕組みを導入

 この大規模な取り組みを支えるのが、ソーシャル・インパクト・ボンド(以下「SIB」)と呼ばれる、新しい官民連携の手法です。豊田市は、この手法を進める(合)Next Riseソーシャルインパクト推進機構(産業・ビジネスをプロデュースする(株)ドリームインキュベータの子会社。以下「NRS」)に事業を委託しました。

 SIBとは、行政が民間資金を活用して行う成果連動型の事業です。民間の活力を社会的課題の解決に活用するにあたり、事業資金を民間から集め、成果に応じた報酬を、市が後払いする仕組みです(右図参照)。

 豊田市はNRSと検討し、この仕組みを喫緊の課題である介護予防事業に適用することにしたのです。65歳以上の高齢者(5,000人/年規模)を対象に、感染症対策を施しつつ、社会参加の機会や日常の活動量を増やす「ずっと!元気プロジェクト」への採用です。

「介護予防の効果は短期では見えにくいものです。しかし」と語るのは、この仕組みを推進し、民間事業者のとりまとめ役を担うNRSのマネジャー大西智之氏です。「SIBの仕組みを活用すれば、社会貢献に意欲を持つ金融機関・投資家の資金を元に、自治体は施策を長期的に進められるので、費用対効果を計測しやすい。民間事業者も、よりよい成果を求め、腰を据えて創意工夫を凝らすので、一層のサービス向上が期待できます」。

 一方、豊田市では今回この新たな仕組みを導入するにあたり、企画政策部の未来都市推進課が制度設計から担当。介護予防を担当する保健、福祉等の関係各部署の協力を得ながら、プロジェクトを進めています。

社会参加・日常活動量を増やす「歩行力改善プログラム」

こうして2021年7月に始まった本プロジェクトは、1年少々経ちました。

 実際のプログラムはどのように進められているのでしょうか。

 数多くの地元事業者がサービス提供に参画する中で目を引くのが、花王(株)の参加です。

 花王は今回、「歩行力改善プログラム」を提供しています。

 高齢者が、歩数だけではなく速度も計測できる専用歩行計(ホコタッチ)を装着することで、「歩行力」の向上を図るものです(下図参照)。

 毎日ホコタッチを身に着けて歩き、月1回ホコタッチステーションに出かけて、ホコタッチの結果を出力すると、日毎の活動結果に加え、歩行生活年齢、歩行安定・脳活性の順位が即座にわかります。

 また、年数回開催する「歩行の質測定会」では、測定シート上を歩いて、歩行のバランス年齢、スピード年齢、歩き方のクセなどをチェックします。

 このプログラムには二つの特色があります。第一に、歩数だけでなく、歩行の速度(質)も向上させ、「中強度」(汗をかく程度)の歩行を促します。「中強度」の歩行は、フレイルや生活習慣病、ロコモティブシンドロームばかりか、認知症の予防も期待できます。

 第二に、月1回ホコタッチステーションに出向いて、担当者と顔を合わせれば会話が生まれます。ちょっとしたコミュニケーションが継続や向上の意欲を高めてくれます。

 「高齢者の社会参加・日常活動量を増やす」という「ずっと元気!プロジェクト」のコンセプトにふさわしいものと言えそうです。


(左から)

①10月1、2日「とよたエコフルタウン」で「歩行力測定会」が開かれた。

②会場受付では、分身ロボットOriHimeが参加者を出迎え、検温と手指の消毒を促す(このOriHimeを東京から  リモート操作するのは、花王ピオニー(花王グループ)の障がい者の社員)。

③参加者が測定シート上を歩くと、歩行バランス年齢やスピード年齢などが即座に分かる。 

④プリントアウトされた歩き方の特徴や課題をもとに花王担当者がアドバイス。

 ※OriHimeとは、(株)オリィ研究所がコミュニケーションの壁を乗り越えるために開発した分身ロボットです。


(左から)

①同じく両日、豊田市駅前にある市民憩いの広場「とよしば」の一角にあるホコタッチステーションでは、「ホコ タッチ登録会」を開催。 

②すでに登録した参加者は、ホコタッチステーションに月1回来て、ホコタッチを専用読み取り機にタッチすると、 結果のデータが出力される。歩行速度や歩行生活年齢の結果だけでなく、担当スタッフとのちょっとしたやりと りも、参加者の励みに。 

③ホコタッチステーションで参加者と気軽にやりとりする「こいけやクリエイト」(後述)の山岸大祐さん。

地元企業とのコラボレーション

 注目すべきは、花王がこのプログラムを地元企業の(株)こいけやクリエイトとタッグを組んでいることです。

 花王はグローバルブランドであっても、豊田市のエリアに拠点をもつわけではありません。そこで今回、高齢者への参加呼びかけやホコタッチステーションでのフォローを、地元企業のこいけやクリエイトに依頼しています。

 同社は、地元豊田市でタウン誌発行はじめ、市民交流・地域活性化の事業を多角的に進め、「とよしば」の運営にも関わる企業なので、まさにうってつけです。

 こいけやクリエイトのスタッフが、参加の受付だけでなく、ホコタッチステーションを訪れる高齢者に応接し言葉を交わします。こうしたコミュニケーションが、参加者の歩行力向上だけでなく、継続のモチベーションを高めてくれます。

 同社代表の西村 新氏は、日々そのことを実感しているようです。「このプロジェクトを始めてから、これまで『とよしば』ではあまり姿を見かけなかった高齢者の方々と接する機会が増えました。月1回はホコタッチステーションに来てくださいます。何気ない会話でつながりが生まれ、それが高齢者の皆さんの生きがいになっているようです。顔見知りができれば、社会参加が増えます。行政が担いにくいことを、花王さんと組んで民間で貢献できるのはうれしいこと。受付・窓口業務だけではなく、参加者と心を通わせることを、これからも意識して取り組んでいきたいですね」。西村氏は、花王と手を組み高齢者の健康増進に貢献できる喜びを噛みしめています。

 こうして、「歩行力改善プログラム」には、すでに300名以上の高齢者が登録。参加者数は、数多いプログラムの中でも屈指のようです。

 民間事業とりまとめ役のNRSは「花王さんの歩行改善のプログラムは、参加のモチベーションを高める仕組みが好評で、多くの高齢者の参加を得ています」(大西智之氏)と評価しています。

 また、豊田市の小林秀平担当長も、花王が参画するメリットを指摘します。

 「地元の事業者がたくさん参画してくださるのはたいへんありがたいことです。同時に、日用品のみならず健康分野の課題解決にも積極的に取り組み、科学的知見に基づくノウハウを蓄積する花王さんのような企業が参加されることで、本プロジェクトへの信頼感も一層増し、うれしく思います」

持続可能な社会に欠かせない企業になるために

 今回、NRSがとりまとめた民間の資金提供者は、保険会社、地方銀行など9社に上ります。

 また豊田市は、予算の5億円を企業版ふるさと納税による寄付を基金として充当する予定です。

 こうした財政的裏づけをもって進められる「ずっと元気!プロジェクト」は、この1年で参画する民間事業者の数が右肩上がりに増えて42団体、プロジェクト数は50を超えるほどになっています(2022年10月現在)。しかも、分野は趣味やエンターテイメントなどにも広がり、多彩なプログラムがラインアップされています。

 花王GENKIプロジェクトの渡邉俊矢氏は、本プロジェクトの意義についてこう語ります。

 「花王は、持続可能な社会に欠かせない企業となるために、SIBの仕組みを活用する、全国初の大規模な介護予防事業に興味をもちました。とくに5年という長期間で幣社のサービスを提供できることは、参加者が成果を実感しやすく、とても魅力的です。参加者の拡大に向けて、ホコタッチステーションの増設など、今後さらに取り組みを強化していきます」

 市の小林秀平担当長も、花王と地元の連携のみならず、複数の小さな地元民間事業者がコンソーシアムを形成して参画するなどの新たな動きに、プロジェクトの手応えを感じています。

「介護予防・持続可能な財政・地域活性化」に資するSIBへの期待

SIBについて熱く語るNRSの担当者(左から)大西智之氏、井田翔氏(オンライン参加)、臼井明彦氏

 SIBを利用する利点について、NRSの大西智之氏は強調します。

「民間資金を活用して行う成果連動型の事業だからこそ、事業者さんはサービスの創意工夫に一層磨きをかけて取り組んでくれます。また、これまで介護予防分野とは無縁だった地元企業が新たに参画しています。他方、花王さんのような全国区企業の参加も相まって、ますます地域の活性化が図れます。さらに、資金提供の方々には、環境・社会・ガバナンスに配慮したESG投資の一環として、意義を感じていただけます」

 本事業の狙いは4点にまとめられそうです。

①介護予防による健康寿命の延伸 

②介護費を低減させ持続可能な財政を確立 

③多彩な民間事業者の参画による地域の一層の活性化 

④ESG投資による資金提供者の社会貢献

 まさに、全国の自治体や社会が直面する課題を解決へ導くものです。

 豊田市の「ずっと元気!プロジェクト」、今後の動向が大いに注目されるところです。



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