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ハンセン病療養所の将来構想とまちづくり⑧ 長島未来プロジェクト

長濱教授
長濱教授

 神戸芸術工科大学は長島と周辺地域の将来構想を支援する「地域再生デザインプログラム」に取組んでいる。環境デザインの視点から関係者の想いや地域力をどのように反映させていくのか、同プログラムの代表を務める芸術工学部環境デザイン学科の長濱伸貴教授にお話を伺った。

 神戸芸術工科大学は1989年に神戸研究学園都市に設置された。地域再生デザインプログラムは大学院カリキュラムの一つで、持続可能な地域社会の再構築に向けた地域空間再生計画の調査・分析と提案を目的とする。長濱教授によると、国立ハンセン病療養所の将来構想との関わりは、緒方清隆氏(元瀬戸内まちづくり・文化交流倶楽部主宰、元岡山理科大学教授)から、同大学の遠藤剛生元教授への依頼による。緒方氏は、長島周辺に位置する牛窓や裳掛地区のまちづくり活動をするなかで長島愛生園や邑久光明園の関係者から将来構想の実現に向けた相談を受けたという。

 「同園は国立第一号の療養所として、ハンセン病の記憶を継承していく思いを強く持っています。一方で具体的にどうすればよいのか、当人たちだけでは空間イメージが湧かなかった。それならば当大学の環境デザイン学科および大学院がお手伝いするのに相応しいということになったのです。」環境デザインは人を取り巻くすべての空間が対象で、ランドスケープや町並み、都市デザインまでを含む。自然環境や歴史・文化に深く根差しており、そうした空間デザインの実践研究を総合的に行えるのが同大学の強みだからだ。地域再生デザインプログラムを立ち上げた背景には、長濱教授自身が阪神・淡路大震災や東日本大震災の復興プロジェクトに関わった経験がある。「都市レベルの再生は政治的、経済的に重要です。一方で地域住民が自立して生活できるようにするには、地域や地区のような小さい単位の再生に力を入れる方が現実的だと考えています。」

 2017年、地域再生デザインプログラムの一環として大学院生20名、学部生10名、教員9名をメンバーとする「長島未来プロジェクト」が始動した。テーマは、ハンセン病療養所の歴史継承を踏まえた長島及び対岸の虫明を中心とする裳掛地区の再生だ。「人権に根差した重たいテーマですが、地域は環境デザインの視点で大きな潜在力を持っている。地域再生に資する成果を還元すべく、齊木崇人学長 ・教授をはじめ大勢の様々な専門分野の教員が協働しています。」

「環境マッピング」と「環境カルテ」による調査・分析

 長島と裳掛地区は、瀬戸内の虫明湾を擁して一体的なエコロジカルユニット(生態的な単位)を形成している。社会情勢や確執はあったにせよ、環境デザインの視点では地域に垣根はない。そこで「長島未来プロジェクト」では、裳掛地区も一緒に調査・研究対象に加えることにした。

現地調査
現地調査

 初年度は、10月に現地調査を実施。地図情報や現地調査、文献調査、両療養所の自治会や関係者及び地域住民のヒアリングに基づき、「環境マッピング」と「環境カルテ」を作成した。ここでの環境マッピングは二次元のオーバーレイ手法で、現状の施設配置図をベースに残存施設と撤去施設を写真資料とともに作成した。一方の環境カルテでは、自然の要素、生活の要素、空間の要素の3要素をモノとコトに分けて抽出し、年代別(開園前、開園時、プロミン治療開始時、らい予防法廃止時、現在)に整理して表にした。「医師のカルテは、患者の悪い病状を記録しておくものですが、環境カルテはいいところも含めて診断します。」科学や工学的な視点で客観的に観察・分析し、どうデザインしていくのか検討していくのだ。「両園では入所者たちが苦労して、島を自分たちが生きていく場所に改造していきました。精神的重圧と厳しい労働環境にもかかわらず、島の環境を読み取りながら畑や道を切り拓いていったはずです。刑務所などのような施設と違うのは、自治を勝ち取って認められていたことです。元々瀬戸内という環境ポテンシャルのよい場所です。子どもから高齢者まで、ある種ひとつの家族として場所をどう読み取り、暮らしの場所をどう作っていったのか、興味は尽きません。」

授業スタジオ
授業スタジオ

 長濱教授は、生きていくための改造とは別に、「精神的に安らげる場所」を島の中で見出していたと指摘する。「入所者たちの悲惨な経験は察するに余りあります。一方で、生活を営む中で『幸せ』もあったのではないでしょうか。」実際のインタビューでは、「月を眺めながら安らげる」等、お気に入りの場所をいくつも聞くことができたという。豊かな環境が感性を育んだことも、優れた詩人を大勢排出した理由だろう。「そうした要素も含めて継承する必要があると思います。複雑な心理状態ではありますが、精神的に開放される場所がどこで、どのように選んでいたのか、環境をどう使っていたのか、調査・分析を行いました。成果のフィードバックでは、例えば入所者が月見を楽しんだ場所にベンチを置く等、来訪者が追体験できる環境を継承する提案なども考えられます。」

長島未来プロジェクトの提案

 2年目に学生たちは、自由な発想で「長島未来プロジェクト」の提案に臨んだ。基本コンセプトは、地域の歴史を継承しつつ、カタチを作り変えるのではなく、転用することだ。「日常生活から解放されるプログラムを提供しながら、史実を継承する要素が傍らにある環境デザインを目指しました。」例えばクラインガルテン(滞在型市民農園)の案では、来訪者がメンタルを回復できるようにした。既存施設を転用した高齢者施設の案では菜園を設け、気候風土に恵まれたスローな暮らしを満喫できるようにしている。また、若者向けの合宿所に転用する案では、キャンプ場や小さなヨットハーバーなどの華やかさも取入れながら人権問題学習のフィールドコースを設けた。全体に共通するのは、地域と親和性のあるレクリエーションやリゾートに地元産業を組合わせながら人権問題継承の施設を共存させていることだ。本プロジェクトは今年で3年目を迎える。過去2年間で行った研究成果を精査し、学生の提案として両園や地区にフィードバックする予定だ。

「環境マッピング」のイメージ(長島愛生園)
「環境マッピング」のイメージ(長島愛生園)
クラインガルテン案(長島愛生園)
クラインガルテン案(長島愛生園)
人権問題学習フィールドコース(長島愛生園)
人権問題学習フィールドコース(長島愛生園)

◎プロフィール

長濱伸貴(ながはま のぶたか)

神戸芸術工科大学 芸術工学部 環境デザイン学科 教授

専門分野 ランドスケープデザイン

1967年 大阪市生まれ

1991年 千葉大学園芸学部造園学科卒業 

2008年 神戸芸術工科大学大学院修士課程修了

主な受賞

2014年 日本造園学会奨励賞(設計作品部門)

2015年 グッドデザイン賞(南三陸町町営入谷復興住宅)

2016年 グッドデザイン賞(はびきの中央霊園・追憶の森)

2018年 グッドデザイン賞(KOBEパークレットの取り組み)