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ハンセン病療養所の将来構想とまちづくり①

 SDGs(持続可能な開発目標)は「誰一人取り残さない」ことを基本理念にしている。目的は人類の持続的な繁栄を達成することで、2015年9月の国連サミットで採択された。以来、17の目標と169のターゲットに沿って2030年の目標年に向けたオールジャパンの取組みが始まっている。全体を貫くのが人権尊重の思想だ。SDGsが含まれる「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の導入部分は次のように「世界人権宣言」を強く反映している。「我々は、世界人権宣言及びその他の人権に関する国際文書並びに国際法の重要性を確認する。我々は、すべての国が国連憲章に則り、人種、肌の色、性別、言語、宗教、政治若しくは信条、国籍若しくは社会的出自(しゅつじ)、貧富、出生、障害等の違いに関係なく、すべての人の人権と基本的な自由の尊重、保護及び促進責任を有することを強調する。」

「人権」とは、「人間が人間らしく生きるための、生まれながらに持つ権利」であり、「すべての人々がそれぞれに持っている価値をそれぞれ尊重し、それぞれの幸福を追求する権利」とされる。本誌がテーマとする「持続可能な健康都市づくり」においても、この視点は変わらない。

 

とはいえ、世界では人権をめぐる厳しい状況が続いている。問題の難しさは、心理的差別に深く根差していることにある。大寺和男氏(奈良県人権教育推進協議会会長)は、「『違い』が社会通念として固定化されたり、政治的に制度化されることにより心理的差別が生み出される」とし、「心理的差別は対人関係や置かれている社会的状況等により誰もが抱く意識だが、それに気づく『人権感覚』を身に着けることが問題解決への第一歩になる」と指摘する。

 

以上を踏まえた上で、本誌では「ハンセン病療養所の将来構想」に基づくまちづくりを特集する。ハンセン病患者の歴史は、悲劇の史実である。かつては不治の伝染病と恐れられ、日本では1907年の隔離政策以降、患者たちは国の強制隔離政策と人々の差別や偏見の中で苦難の道を歩んできた。患者の多くは名前や故郷、家族、友人を失い、断種や堕胎により、子どもを持ち得なかった。患者のみならず家族の人権も著しく侵害された。一方日本では1947年以降、特効薬「「プロミン」の投薬が行われ、適切な治療により完治することが明らかになっていた。それにもかかわらず日本では1996年の「らい予防法廃止」までの90年間にわたり、ハンセン病回復者の根本的な問題が放置されたのだ。

 

SDGsの目標年である2030年には、日本では殆どのハンセン病回復者が人生を閉じようとしていることだろう。残された時間は限られている。彼らの体験や史実を教訓として刻み、「人権感覚」として身に着け、引き継がねばならない。まちづくりは歴史の集積の上に成り立つからだ。ハンセン病回復者の軌跡と社会差別の実態を知ることは、これからの共生社会の原点を考えることになるのである。

 

本特集では、日本で唯一、2つの国立ハンセン病療養所を擁する岡山県瀬戸内市を訪問した。同市の長島には、全国13の国立ハンセン病療養所の中で「将来構想」の先駆的役割を果たしている長島愛生園と邑久光明園がある。両園の「将来構想」について、背景や内容、進捗状況について、さまざまな関係者への取材をもとにレポートする。

 

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