認知症の予防と早期発見へ高浜市の取り組みに注目!

「外へ出て、歩くようになった」「目標があり毎日やる気が出る」「仲間と数字を見せあい刺激になる」――このように高齢者が目を輝かせて参加するのは、愛知県高浜市と国立長寿医療研究センターが組み、花王がサポートする、今注目のプロジェクト。認知症や介護の予防だけでなく、まちの活性化も促しています。

国立長寿医療研究センター 島田裕之先生
国立長寿医療研究センター 島田裕之先生

認知症の「予防と早期発見」を!

 

 高齢社会を迎えた今日、重大な疾病のひとつが認知症です。2013年発表のデータ※によれば、65歳以上の高齢者のうち15%(約462万人)が認知症、また13%(約400万人)がMCI(軽度認知障害)、合わせると28%が認知機能に何らかの衰えがある、と推計されています。

 こうした事態に、「認知症の予防はできるだけ早くから」と対策を促すのは、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター(以下、長寿研)の島田裕之先生(老年学・社会科学研究センター 予防老年学研究部部長)です。

 認知症とは、加齢により衰える認知機能(記憶力や注意力など)が日常生活に何らかの支障を来たす状態。その前段階のMCIは、「認知機能に低下が見られるものの、日常生活には大きな問題がない状態」を指します。島田先生が早期発見の重要性を強調するのは、「MCIの段階なら、判定されてもその後回復して正常に戻る人もかなりいる」からです。

 認知症予防のために講じることができる積極的な対策として先生が挙げるのは、① 適正な運動習慣を身につけること、② 健康的な食習慣をもつこと、③ 社会活動を活発にすること。このうち、①の運動については、「じっとしている時の3倍くらい(中強度)の活動を増やすことが健康に結びつくことがわかっています」とのこと。

 この島田先生が現在関わっていらっしゃるのが、愛知県高浜市のプロジェクトです。

※「厚生労働科学研究費補助金認知症対策綜合研究事業『都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応』」

「健康自生地」が「生涯現役のまちづくり」の拠点

 

 「生涯現役のまちづくり」を掲げる高浜市は、人口47,000人弱、三州瓦で知られる焼きもののまちです。

 同市が2013年度からスタートさせたのが、「健康自生地」という仕組みです。いくつになっても自分らしく生きがいをもち、可能な限り介護を必要としない活発な暮らしを続けてもらうために、家に閉じこもらず自ら出かけたくなる場所、仲間と触れあえる居場所を増やす取り組みです。 健康自生地の種類その場所を「健康自生地」と名づけて、一定の協力レベルに基づいて市が認定し、広報するのです。新たにハードを作るのではなく、地元の商店や飲食店、公共施設、神社など市内のいたるところにある既存の施設を活用。その多くを元気な高齢者や商店主らが自主的に担っていることも特徴的で、サービスの利用者だけでなく、担い手にとっても、生きがいや喜びとなっているようです。

 

 お気に入りの健康自生地に出かけて、活動に参加するとポイントがもらえ、抽選で賞品が当たるという楽しいスタンプラリーも用意。賞品は行政だけでなく、企業や地元商店の協賛もあります。

 

 こうして好評を博す健康自生地は毎月のように増え、2016年2月現在82件にも上っています。福祉情報誌「でいでーる」(年4回刊)には毎号新しい健康自生地が紹介されています。

「脳とからだの健康チェック」が始まった

「脳とからだの健康チェック」の会場には朝から参加者が次々と(2016年2月中旬)
「脳とからだの健康チェック」の会場には朝から参加者が次々と(2016年2月中旬)

 その高浜市で昨年(2015年)9月から始まったのが、「脳とからだの健康チェック」です。高浜市と長寿研、花王の協働プロジェクトで、採血検査や体組成、筋力に加えて、認知機能の測定及び歩行機能の計測を行うプログラムです。高浜市が健康自生地を通じて実施しているユニークな取り組みの効果を長寿研が科学的に評価するのです。

 島田先生はこのプロジェクトの意義を語ります、「まちに出て歩くことが高齢者の認知機能を保持するために有益であることは、いくつもの知見からも間違いありません。住民が主役となっている『健康自生地』の取り組みはたいへん素晴らしい。その効果が身体機能と認知機能の両面から検証できれば、たいへん貴重な事例となります」。

 「『健康で長生き』のために認知症の危険性を早期に発見できるチェックを」――この呼びかけに、60歳以上の市民2,300人超がすでに参加。年度内には3,200名(60歳以上の30%超)に達する勢いです。

 2月中旬の開催日に会場(高浜市いきいき広場)を訪ねてみると、朝から応募者が続々と来場。長寿研の研究員が健康をチェックし、市民ボランティアである「認知症予防スタッフ」がサポートします。「高浜市では回を重ねるごとに測定会への参加率が上昇するほどで、市民の皆さんがとても熱心」と、長寿研の李成喆研究員も手応えを感じていました。

歩行機能の計測では、圧力シート上を歩いてデータをとります
歩行機能の計測では、圧力シート上を歩いてデータをとります

外出を促し、「歩行の質」を高める、花王ホコタッチ

 

 歩行機能に関しては歩く姿の計測を行い、それに対して花王が詳しい解析を担当するとともに、参加者が積極的にまちへ出て歩くのをサポートする仕組みを提供しています。花王は乳幼児及びおとな用の紙おむつの研究を通じて、歩行や動きに関する知見を持っているからです。

 「脳とからだの健康チェック」では、最後に、歩行計(活動量計)が希望者全員に配られます。これは花王の「ホコタッチ」と呼ばれるサービス専用のものです。専用歩行計には特殊なソフトウェアが内蔵され、歩数だけでなく、日常の歩行速度を正確に計測します。歩行の速度を一定の速さ以上に保つことが、島田先生が認知症予防に大切とおっしゃる「中強度」の身体活動の目安となるからです。

 

 使い方はこうです。歩行計を身に着けて日々歩き、最低でも月に1度、「ホコタッチスポット」と呼ばれる場所に出向き、小さな読み取り器にかざします。すると歩行計内のデータが読みだされて、ご本人の最近の歩行結果が自動で印刷されます。そこには、毎日の歩数はもちろん、重要な日常の歩行速度、さらには「歩行生活年齢」などの総合評価がわかりやすく表示されます。歩行の質を意識させ、認知症・介護の予防に求められる「中強度の運動」を促します。そしてご本人の歩行の状況に合わせて、次の目標(歩数や日常の歩行速度)が示されます。


いつも身に着けている専用歩行計を、ホコタッチスポットに出向いて、センサーにタッチすると、結果シートが出力される。あえて外出や人との接触を必要な方法にしている

「健康自生地」を通じて生涯現役のまちづくりに挑戦する高浜市福祉部の磯村和志さん
「健康自生地」を通じて生涯現役のまちづくりに挑戦する高浜市福祉部の磯村和志さん

「健康自生地」がさらに活性化!

 

 もうお分かりでしょう。高浜市では、すべての「健康自生地」にホコタッチスポットを設置したのです。このため、専用歩行計を持っている人は積極的に健康自生地に出かけます。高浜市役所の担当・磯村和志さん(福祉部生涯現役まちづくりグループリーダー)は、「専用歩行計を着けるようになり、皆さん、外出する機会が増え、意識的に歩くようになりました。また、『健康自生地』になったお店には、地域の人が戻ってくるだけでなく、新しいお客様も来店され、売り上げが増えるケースも」とその効果を喜んでいます。

店内のホコタッチスポット
店内のホコタッチスポット

 早速、健康自生地のひとつ、「ミルクグラスカフェ カミフサ」を訪ねてみました。マスターの神谷宏さん(70代後半)は2年前に瓦工場の空き事務所を改装し、 奥様とカフェを始めました。開店間もない頃、ちょうど始まった健康自生地制度の認定を得て、昨秋にはホコタッチスポットも設置しました。  「ホコタッチの導入でお客様、とくに高齢の方々が増えました」とご夫妻。「来店され、毎日のようにホコタッチに触れて出力されるデータを見る方もいますし、歩数や速度を話題にする方も増えました。『膝が痛くて歩くのが難儀』と言っていた80代の方が、歩行計を着けて少しずつ歩くようになり、今では難儀ではなくなったそう。私どももお客様といろいろお話ができて楽しいし、ストレス解消になります」と、 健康自生地担い手としての喜びを感じている様子。 

心温まる店構えと内装、1杯ずつ挽くコーヒーが人気の「ミルクグラスカフェ カミフサ」。入口には「健康自生地」の表示が。
心温まる店構えと内装、1杯ずつ挽くコーヒーが人気の「ミルクグラスカフェ カミフサ」。入口には「健康自生地」の表示が。
「ミルクグラスカフェ カミフサ」のマスターと奥様
「ミルクグラスカフェ カミフサ」のマスターと奥様

 高浜市いきいき広場にある公営のフィットネス施設「マシンスタジオ」も「健康自生地」です。毎日通う70代前半の男性がウォーキングマシンで汗を流していました。「歩行生活年齢が若返るのと、トレーナーさんとの軽口を楽しみにここに通い続けたお陰で、気がかりだった血圧が下がり、不整脈もなくなった」とのこと。60代、50代と徐々に若返る「歩行生活年齢」が、ついにこの日には「38歳」と表示され破顔一笑、汗をぬぐっていました。


康自生地のウォーキングマシンで早歩きのあと、腰に着けた専用歩行計をセンサーにタッチ。印刷される結果が励みになる

「予防」の取り組みを自治体から

 

 高浜市の取り組みの優れた点として、島田先生は、「行政トップの高齢者福祉への強い意欲、それに応える職員の高い熱意、そして地域の住民・商店の深い理解」を挙げています。

 市の磯村さんは、「とても行政だけでは、推進できません」と、市民が積極的にまちづくりに関わってきた積み重ねに、花王のような企業や地元の商店も呼応して協力する流れが生まれたことを強調します。

 順調に進むプロジェクトを受けて、「ホコタッチ」でサポートする花王の担当者は語ります、「高浜市の皆様の取り組みでは、ホコタッチが歩行の質を高めるだけでなく、高齢の皆様の社会参加を後押しし、心身両面から認知症や介護の予防に役立たせていただき、さらにまちの活性化にも寄与させていただき、素晴らしい喜びです。皆様から寄せられるご要望や、長寿研の先生方からいただたくアドバイスを反映させ、今後さらに各地で認知症や介護の予防に貢献できれば、 高浜市でのホコタッチの役割と願っております」(花王 パーソナルヘルスケア研究所 仁木佳文プロジェクトリーダー)。

 最後に、行政に求められる役割について島田先生にうかがいました。「一般に、認知症への関心は高まっています。ただ、ご自分のリスクに関しては「知るのが怖い」という方が多く、『予防』という考え方が人々の間に浸透していないのが現状です。 認知症は歩くことなどによって『予防できる』ということを広く周知していただくことが大切ではないでしょうか。そのためのエビデンスを積み重ねていきたい」。

 

 多くの自治体が高齢化と闘う中、高浜市の取り組みが極めて示唆に富む試みであることは間違いありません。