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レディーファーストで第1次産業の健康課題にアプローチ ~青森県の「寿命革命」へ産学官民が手を組んで ~

課題の農漁業分野へ、健康リテラシーを高める体験型セミナー

 

 “平均寿命・健康寿命延伸”を掲げて健康づくりを進めている青森県が、今、新たな取り組みを始めています。基幹産業でありながら、健康面ではこれまで弱点とされてきた農漁業分野へのアプローチです。6月24日(月)、青森県の名湯・浅虫温泉で開かれた「漁業女子健やか力向上セミナー」は、その一例です。マリンレディースを対象にした体験型セミナーのユニークな狙いをレポートします。

健康都市活動支援機構レポート No.17

セミナーが開かれた浅虫温泉の「南部屋・海扇閣」
セミナーが開かれた浅虫温泉の「南部屋・海扇閣」
駅前の足湯が温泉情緒を盛りあげる
駅前の足湯が温泉情緒を盛りあげる

女性を発信源として家庭・職場へ

 青森県の基幹産業である第1次産業の就業者は、全就業者の12.4%を占めます。高齢化が進み、その約45%が65歳以上です(2015年国勢調査)。

 「残念なことに、平均寿命が全国最下位の青森県の中でもとくに第1次産業従事者の死亡率は、他の産業に比べてとても高くなっています」

(下表参照)

(2015年人口動態職業産業別統計)
(2015年人口動態職業産業別統計)
(2015年都道府県別生命表)
(2015年都道府県別生命表)

 こう語るのは、青森県の健康福祉部 がん・生活習慣病対策課の蛯名勇登課長です。

 平均寿命が全国最下位の青森県では、40歳以上のがん・心疾患・脳血管疾患の死亡率がひときわ高く、とくに第1次産業の男性の健康づくりが大きな課題と言います。

 もちろん手をこまねいてきたわけではありません。「2017年度から県内農協・漁協を対象に『あおもりアグリヘルスアップ事業費補助金』交付に取り組んできました。組合員の健康づくりを行う農漁協等に経費を助成する補助金を市町村へ交付するものです。しかし、応募は予算をかなり下回る結果に終わりました」(蛯名課長)

 そこで2019年度に県が始めたのが、女性を発信源とする取り組みです。農漁協の女性たちの健康リテラシーを高める体験型セミナーを県の企画・運営で開き、女性を通じて家庭や地域の健康づくりを広げようという「女性発信! 農業者・漁業者の健やか力向上事業」です。

 弘前大学の中路重之特任教授(大学院医学研究科社会医学講座)も、県のこの動きを後押ししています。2005年から弘前市岩木地区で大規模な「岩木健康増進プロジェクト」をスタートさせ、これをベースにした弘前大学COI(後述)の拠点長としても活躍している先生は、今回の取り組みの重要性を指摘します。

 「県民全体の健康リテラシーが向上すれば、短命県の汚名を返上できます。そのためには、学校、地域、職場、家庭……あらゆる場での取り組みが必要です。とりわけ大きな課題は、死亡率がより高い農漁業の分野です。健康づくりには本人の“気づき”が重要です。会社組織ならトップや担当部署が打ち出せば組織全体が動きますが、農漁業分野は個々人の集まりですから、浸透させるのが難しい。健康に課題のある農漁業分野が、健康づくりに一番取り組みにくい状況だったのです」

 だからこそ先生は、今回のセミナーにも自ら講師として駆けつけました。

講話と健康度測定会による「気づき」から

 今回の「漁業女子健やか力向上セミナー」は、県が前述の「女性発信!農業者・漁業者の健やか力向上事業」の一環として、県漁協に提案しました。ターゲットを女性に絞り、これまで弘前大学COIや花王が培ってきたノウハウを活用した体験型セミナーを開き、健康リテラシーを高めた女性から家族への波及を狙うものです。

 青森県漁協女性組織協議会が開く研修会に合わせて、県の主催で実現しました。参加したのは、県内各地の漁業の場で牽引役を務める女性たち約60名です。

 まず、県の蛯名課長が挨拶。「第1次産業での死亡率は他産業に比べて高い状況です。皆様が健康づくりを学んでいただき、それをご家庭に戻り、ご家族、男性に働きかけてください」と提起。

 講話では中路先生が、同じリンゴの産地である長野県と青森県を比べ、データも示して、参加者にわかりやすく訴えました。

 「男女合わせた平均寿命は、トップの長野県と、最下位であるわが県との差が2歳半あります。これは人生の最後の2年半だけの違いではありません。どの年代でも死亡率が高いということです。とくに40から60代の働き盛り世代が危険で、がん、脳卒中、心臓病の3大生活習慣病が顕著です。中でも、第1次産業に携わる皆さんのご亭主が危ない。予防には運動と食事がポイント。若いときから心がける必要があります。楽しく健康づくりに取り組みましょう。どうか、今日帰ったらご家族に伝えていただきたい」

 講話に前後して行われた健康度測定会では、県が青森県医師会「健やか力推進センター」の協力を得て、血圧、体組成、骨密度の測定を、花王が内臓脂肪の測定と関連する生活習慣の分析を行いました。「内臓脂肪」の文字に、「こんなの、いやいや」とはじめは苦笑して引き気味だった参加者も、講話を聞いたあとは、真っ先に内臓脂肪測定コーナーへ。内臓脂肪と、自分の生活の問題点がすぐにわかるので、喜ばれていました。

 最後に、花王から測定会の結果の見方の説明と、中路先生から振り返りのお話がありました。

花王が実施した、内臓脂肪測定と関連する生活習慣分析のコーナー。奥に2つ見えるのが内臓脂肪測定ブース。
花王が実施した、内臓脂肪測定と関連する生活習慣分析のコーナー。奥に2つ見えるのが内臓脂肪測定ブース。
血圧測定コーナー
血圧測定コーナー

「運動体験」も
「運動体験」も
「できるだし」の試飲。ご当地名産の「だし」を使って塩分ひかえめを体験。
「できるだし」の試飲。ご当地名産の「だし」を使って塩分ひかえめを体験。

 セミナー参加者からは、「中路先生のお話を家族にしっかり伝えたい」「結果がすぐにわかるのがうれしい」「内臓脂肪は初めて測り、数字がわかってよかった」などの声が聞かれ、好評でした。

 県漁協女性組織協議会会長の葛西恭子氏も、セミナーの成功を喜んでいました。「健康度測定会は県や関係者の方の準備がたいへんだったと思いますが、機会を与えていただいてよかったです。自分も全部測定しました。骨密度はよかったけれど、内臓脂肪は多かったです(笑)。でも、数字で気づくことが大事ですね。中路先生のお話も目からウロコでした」

 主催者の青森県も手応えを感じています。「皆様、健康度測定会に積極的に参加していただきましたし、中路先生の講話にも共感していただいている様子がよくわかりました」(蛯名課長)

 セミナーのサポートに奔走した青森県健康福祉部 がん・生活習慣病対策課の青木範子主幹(健やか力推進グループサブマネージャー)も、「初めてのセミナーでしたが、楽しみながら体験していただき、生活習慣改善のための気づきにつながったと思います」と手応えを感じていました。

 内臓脂肪測定などをサポートした花王(株)も、次のように評価しています。

 「花王は、”短命県返上”を果たす、という中路先生の熱意に共感し、2015年から弘前大学COIに参画し、一緒に県民の健康づくりをお手伝いしています。そのノウハウが県の事業として採用され、今回のセミナー開催となりました。参加した皆様の表情を拝見すると、自分の健康や生活への“気づき”をお届けできているようです。これが、ご家族を含めた健康づくりへのきっかけになればと願います」(花王(株)事業ESG推進部マネジャー 浜田薫氏)

青森県と弘前大学の“平均寿命延伸”への取り組み

 青森県では、2013年度に「健康あおもり21(第2次)」を策定して、健康増進計画を推進してきました。策定から6年目を迎えた2018年度、県は中間評価を行っています。計画全体の7割余の指標が、目標を達成または改善傾向となっています。まだ平均寿命最下位を脱することはできていませんが、以下のような変化が現れています。

・平均寿命男女トップ(長野県)との差が0.31歳縮小(下図参照)

・男性の平均寿命の伸び率が全国3位に(2017年)

・県内すべての40市町村が「健康宣言」

・健康経営事業所が年々増加し、175事業所に(2019年6月12日時点)

青森県「健やか力」向上推進キャラクター「マモルさん」
青森県「健やか力」向上推進キャラクター「マモルさん」

 県の蛯名課長は振り返ります。

「中路先生を先頭に、県や市町村でも“平均寿命延伸”の目標を明確に打ち出し、マスコミでも取りあげていただき、県民の皆様もこの事実をしっかり認識してくださるようになってきました。皆様のご努力で、トップ長野県との差も縮まり始め、変化の手応えはあります」

 中路先生も「企業の健康づくりが盛んになってきました。同時に、ウィークポイントだった農漁業分野にまで手が伸ばせるようになってきたのは、たしかな前進です」と評価します。

“短命県返上”をキーワードにオープンイノベーション

 今回のセミナーに見られるように、青森県では産学官民の連携が強化されています。中路先生は、連携の重要性を強調します。

 「40~50代の高い死亡率の元となる生活習慣病には、30~40年の潜伏期間があります。ということは、小中学校時代、若いときから健康リテラシーを育むことが大切です。単に医療機関だけで対応できるテーマではありません。気候や構造的な問題もありますから、教育をはじめ県全体で取り組むことが求められます。とすれば、産学官民のすべてが関わらなければ、“短命県返上”も実現しません」

 幸い、青森県では弘前大学COI※という先進的な健康プログラムが展開されてきました。多数の多様な企業・研究者が参加して、共同研究が進められ、中路先生はその拠点長として、産学官民連携の推進役を果たしてきました。

※弘前大学COIは、文部科学省が支援し2013年に全国18拠点で始まった研究開発プログラムCOI(センター・オブ・イノベーション)の1つ。短命県返上と元気な高齢社会実現に向けて、岩木健康増進プロジェクトをベースに弘前大学を中核とする産学官の研究で、全国から脚光を浴びる。花王など企業も弘前大学と共同研究講座を開設。2019年、第1回日本オープンイノベーション大賞(内閣府主催)で最高賞の内閣総理大臣賞を受賞した。

 中路先生は続けます。「実は産学官民の連携は易しいことではありません。なぜなら企業、大学、行政・地域、市民の4者は、それぞれの目線が異なります」

 しかし青森県では、“短命県返上”をキーワードに多様な団体が同じ方向を展望し、オープンイノベーションを推進してきました。今回のセミナーも、“短命県返上”という大目標に心を一つにした各組織の熱意が結実したものです。

 「お金儲けだけの視点では健康づくりはできません。産学官民の全体が動いて、健康リテラシーが県内に広く行き渡ったとき、地方創生が実現し、企業も利を得られます。ですから、今回のようなイベントをしっかりサポートしてくれ、弘前大学COIの共同研究にも加わってくれる、花王さんのような奥行きの深い企業がありがたいのです」

課題先進地域から世界人類の健康づくりへ貢献を

 これからの課題として、中路先生と青森県がともに挙げるのが、健康診断を受診していない、およそ50%の県民への働きかけです。今回の第1次産業の女性たちへのアプローチは、その先駆けとなる重要なステップでした。

 中路先生は、次のように話を結びました。「高齢社会を迎える中で、健康寿命の延伸をめざす『寿命革命』は、グローバルな課題です。少子高齢化と最短命県という課題先進地域・青森県で、“短命県返上”が実現すれば、地方創生ばかりでなく、世界人類の健康づくりに貢献できることでしょう」

 その推進に欠かせないのが、産学官民の連携です。