長寿社会の重要な課題である「高齢者の健康増進と介護予防」をテーマにしたセミナーが、2023年11月8日オンラインで開催された。
国の政策動向に加え、〝官民協創〟で成果を上げるノウハウなど、具体事例を交えた示唆多い内容をレポートする。
(発言は要旨。発言内の団体名への敬称略)
令和2(2020)年から、高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施が始まりました。
高齢者の身体的、精神的及び社会的な特性(フレイル等)を踏まえ、保健事業と介護予防を効果的・効率的で、高齢者一人ひとりの状況に応じたきめ細かなものとし、健康寿命の延伸を図るものです。広域連合から市町村に委託する形で実施されます。
令和5(2023)年度の実施済み市町村は約1,400で全体の約8割。令和6(2024)年度までに全ての市町村での実施を目指しています。
「一体的実施」とは高齢者保健、国保保健、地域支援の3事業の一体的な取り組みを実施することで、ポイントは3点あります。
- 委託事業を実施する日常生活圏域単位で、高齢者に対する個別的支援(ハイリスクアプローチ)と、通いの場等への積極的な関与(ポピュレーションアプローチ)の両方に取り組む。
- 地域の医療関係団体と連携して企画段階からの相談と、連携から実施後の状況報告を行う。
- KDB(国保データベース)システム等を活用した地域の健康課題の分析、見える化に取り組み、データ分析に基づく保健事業の提案、対象者抽出を含む効果的な事業展開。
これらの実施のため、国はその人件費、経費を財政支援しています。
人生100年時代を迎え、高齢者の健康増進、フレイル対策は一層重要となります。
一体的実施は「高齢者保健事業の中心」であって、疾病の発症や重症化の予防及び心身機能の低下を防止し、できる限り長く在宅で自立した生活を送れる高齢者を増やすことが最大の目的です。効果的・効率的な保健事業の実施を通して、生涯にわたる健康の保持増進、生活の質(QOL)の維持及び向上を図り、結果として、医療費の適正化、要介護認定率の低下や介護給付費の減少に資するものであることについて、ご理解いただきますようお願いいたします。また、労働人口の減少による医療専門職不足の中、効果的・効率的な保健事業の実施に向け、データヘルス計画による標準化の取り組み、データヘルスの推進にご協力をお願いいたします。
介護予防は、高齢者が要介護状態等となることの予防、または要介護状態等の軽減、もしくは悪化の防止を目的して行うものです。機能回復訓練などの高齢者本人へのアプローチだけではなく、地域づくりなどの高齢者を取り巻く環境へのアプローチも含めた、バランスのとれたアプローチを行うものです。
国では「住民主体の通いの場」を充実させ、人と人とのつながりを通じて、参加者や通いの場が継続的に拡大する地域づくりを推進しています。
とくに下図にあるとおり、様々な活動をしている「住民主体の通いの場等」(地域介護予防活動支援事業)の「社会参加促進」がこれに当たります。
通いの場に参加する効果として、通いの場(サロン)に参加する群は、① 通いの場以外への参加が増加して健康意識が高まり、② 認知症発症リスクが低下。
通いの場に限らず、社会参加する群では、③うつ発症リスクや、④ 要介護リスクが低下。スポーツ・趣味の会では参加頻度が高いほど、6年後に要支援・要介護認定を受ける確率が低下。通いの場参加者では 3 年後の生活機能が良好で、会った友人の数も多かったという報告もあります。新型コロナウイルス感染症により高齢者の心身に悪影響があったものの、感染状況等の変化に伴い、通いの場の再開等により好影響が出てきています。
スポーツ・趣味の会では参加頻度が高いほど、6年後に要支援・要介護認定を受ける確率が低下。通いの場参加者では 3 年後の生活機能が良好で、会った友人の数も多かったという報告もあります。新型コロナウイルス感染症により高齢者の心身に悪影響があったものの、感染状況等の変化に伴い、通いの場の再開等により好影響が出てきています。
「多様な通いの場」は、箇所数の増加だけでなく、質の面でも充実が求められます。市町村では、KDBシステムなどデータを利用し改善を図り、多様なサービスを提供していただきたい。
介護だけでなく、保健分野、健康増進の部門等、様々な部門と連携して、自治体の枠を超えて、民間企業の力を活用しながら、取り組みが進められればと思います。
桑折町(こおりまち)は福島県北部に位置し、緑豊かな美しい自然と、歴史や文化を感じられるまちです(人口約11,000人、高齢化率37.8%)。東日本大震災以降、県民の生活習慣が大きく変化し、メタボ該当率はじめ各健康指標が悪化。桑折町も例外ではありません。
こうした中、「健康長寿で元気なまち」づくりをめざし、医・学・産・民・官一体のコンソーシアム「こおり健康楽会」を2020年に設立。昨年は「ヘルスアップタウンこおり」を宣言しています。
町では、「運動習慣がない人」の割合が、全国平均と比べて多い。そこで、2020年から花王と連携し「歩行力改善プログラム」事業を開始。運動習慣のない人でも、ウォーキングなら、道具が不要で手軽に始められ、年齢も関係なく取り組めます。はじめの2年間は、県の「市町村先駆的健康づくり実施支援事業」を活用。好評につき、その後も町独自に継続、計4年間進めています。
このプログラムでは、はじめに「歩行の『質』測定会」で歩行力のチェックを受け、以降ホコタッチ(専用歩行計)を着けて日常生活を送り、最後に再び測定会で計測を受けます。
一般に、歩数や歩幅、歩行速度は加齢とともに減少しますが、プログラム参加者は、歩数、速度とも増加傾向になっています。よりよい歩き方を意識して継続すれば、加齢に伴う歩行力の低下を抑え、健康寿命延伸が期待されます。
桑折町の健康づくりの特徴は主に4点あります。
- 町が健康づくりを総合計画での重点プロジェクトに据え、町長自ら健康事業に率先して参加。
- 専門職が少人数ながらも、保健指導に積極的に取り組み、その実施率が飛躍的に伸張。
- 健康施策への参加率が全般に高く、ポピュレーションアプローチ効果が発揮されている。
- 民間企業の知恵とマンパワーを借りて、連携の効果が現れている。
これからも、「みんなが幸せを実感できる 元気なまち こおり」をめざします。
豊田市は愛知県で最も広い市域を有し、人口は約416,000人、一般会計当初予算(2023年度)は1,883億円です。
今回の「ずっと元気!プロジェクト」は、コロナフレイルが危惧される中、高齢者の「社会参加」機会を増やし、介護リスクを低減し、高齢者に「いきがい」を感じていただく事業です。
2021年7月にプロジェクトをスタート。2023年3月末時点では、延べ6,800人の市民が参加。市内事業者から全国規模事業者まで、40以上の事業者・団体が参加。計50以上のプログラムを提供していただいています(花王からは「歩行力改善プログラム」)。
「社会参加」をキーワードにしたのは、社会参加と介護予防効果の関係性が、研究の結果により明らかになったからです。また、高齢者が参加しやすいプロジェクトを設計しています。
プロジェクトの特徴は、大きく3つあります。
- 全国初の大規模なSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)事業。SIBとは、行政が民間資金を活用して行う「成果連動型委託契約」です。社会的課題の解決に向けて民間の力を活用するにあたり、事業資金を民間から集め、成果に応じた報酬を、市が後払いする仕組みです。5年間で最大5億円の事業費を設定。介護保険給付費の10億円削減を目指しています。企画・運営は(株)ドリームインキュベータ(以下、DI)に委託しました。
- 民間事業者のノウハウを生かして、高齢者のフレイルを予防する取り組みを行う。
- 体力測定から趣味や交流まで様々なプログラムを揃え、幅広い選択肢を市民に提供。
加えて、市が成果に応じて報酬を支払うことで、事業者・団体が、新規事業へ挑戦することを後押しするプロジェクトとなっていることも特徴と言えます。
こうして、「ずっと元気!プロジェクト」は以下のような好結果を生んでいます。
- 庁内連携……企画部門が横断的プロジェクトとして束ね、関係部局と協力しながら「抱え込む正義感」をリスク分担することで「助け合う信頼感」に変える。
- 官民連携……企業との連携で、「アイディアの限界」を「無限の可能性」に変える。
- 説明責任・予算執行……事実の証明により、「なんとなく良いはず」を「確実な成果」に変える。
高齢者の皆様の元気と、事業者の元気によって、豊田市がますます元気になることを信じて、取り組みをさらに進めていきます。
古井
豊田市が高齢者向け「歩行改善プログラム」を導入した理由や感想を教えてください。
播磨
「歩行力改善プログラム」は、参加者の歩行状況のデータが「見える化」され、市民にたいへん好評です。体験会などを通して、市民の皆様から直接私どもに、「ホコタッチがとてもいい、ぜひ続けたい」という声をいただいています。また花王が市内事業者と連携し、市民がアクセスしやすい場所(駅前など)にホコタッチステーションを設置し、市民の利便性が上がり、モチベーションの向上につながっています。
古井
世の中には多くの歩行プログラムがあります。花王はなぜ高齢者・住民向けにサービスを開発したのでしょう。
須藤
歩数の計測はよく行われていますが、どう歩くかが科学されていません。そこで、歩く力を「見える化」しました。また、フレイル、とくに社会的なフレイルを重視し、出力された歩行結果表をきっかけに日常生活で話題が弾む「交流の場」の創出を狙い、ホコタッチを開発しました。
古井
「見える化」して、コミュニケーションを促すのは面白いですね。
須藤
歩き方にはクセがあり、生活機能リスクや疾病と関連があることが科学的にわかりました。ホコタッチで、健康寿命に影響を与える「歩行速度」を日常的に測定するだけでなく、これによってコミュニケーションも促せます。調査では、ホコタッチ利用者と非利用者を比べると、介護認定率が前者は極めて少なかったことがわかっています。(愛知県高浜市のコホートスタディによる)
古井
自治体で民間プログラムを導入することによる効果やメリットを教えてください。
武氣
実際に担当し、このプログラムを選んでよかったと実感したのは、まず花王というネームバリューで、町民の方が安心して参加できること。取り組み当初は、歩き方の転倒リスクが平均30%ほどだったのが、
3ヵ月後には平均10%にまで下がる成果がありました。
大西
私どもDIは、豊田市からSIBを活用した介護予防事業を受託し、花王はじめ企業のご助力でこの事業に関わっています。「成果連動型」の仕組みが、民間事業者の一層の創意工夫を生みだしていることで、市から高い評価をいただいています。
古井
民間事業者の強みが前面に出ているのですね。
大西
介護予防分野は〝薄く広く〟になり、投資対効果も見えにくいので、行政はなかなか取り組みにくい。そこで、生活者の気持ちをとらえるのが得意な民間事業者のノウハウを活用します。50ほどのプログラムが進行する豊田市では、花王のものが参加者数がトップクラスで、継続率も高い。プログラム参加前と後の変化が「見える化」されるのが特色です。
須藤
幣社としては、学術的にしっかり認められた仕組みを提供し、それを生活者の皆様にわかりやすくお返しします。また、成果データを行政にレポートとして提出することもあります。私どもは一つのパターンを押しつけるのではなく、自治体と事前にヒアリングをして、効果を上げる方法を時間をかけて一緒に考えるように心がけています。
播磨
豊田市では様々な企業と連携しています。事前に企業と相談し、企業の属性と、私どものやりたいことを摺りあわせ、何が一緒にできるのか、いつもマッチングを意識しています。
古井
自治体として、民間の事業者と連携するときのノウハウを教えてくれますか。
武氣
桑折町でも企画段階から花王と一緒に考えています。ざっくばらんに「こういう状況です」とお話しし、悩みをともに考えていただき、いい協力関係を築けています。行政の目線ではなく、企業目線で貴重なアドバイスをいただき、感謝しています。
大西
結果を出すために創意工夫するのは、民間が得意なこと。豊田市の事例では、民間の強みと行政の強みを組み合わせる関係ができてよかったと思っています。
古井
自治体が民間事業者と提携するとき、「この業務だけ」と狭く限定せず、「こういう課題があるので一緒に考えてください」というような提起の仕方もあるということですね。
大西
そうです、豊田市と実際に取り組む中で、播磨さん(企画政策部)とは別の部局でも、自分たちも一緒にできることがないかと、好意的にみてくれる方が増えています。
播磨
DIとの取り組みが、庁内を確実に変えていると体感しています。
古井
私たちアカデミアはデータに基づき効果を検証して、エビデンスが明確なものを自治体などの皆さんに使っていただきたいと思います。
最後に、私から2点コメントさせていただきます。
まず、高齢者の健康課題となる「歩行」に関するプログラムでは、歩数だけではなく、歩き方の質(腰痛など、要介護につながる要素)をとらえることができる点です。加えて、市民の社会活動やコミュニケ-ションを促す仕組みを併せ持つことは参考になりました。
また、桑折町、豊田市の両事例から、自治体と民間事業者が協力する中で、お互いに強み弱みを共有できるような信頼関係をつくるのが大事なこともわかりました。民間事業者はプログラム実施だけでなく、得られた実績データを自治体に返していくことも大切です。
自治体だけでは継続がむずかしい施策が多い中で、経済合理性、社会性をもつ企業からのノウハウも活用して、循環型の施策にしていくことが大事ですね。