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福島県 被災地域の復興とともに健康課題に取り組む自治体の活動 ~ 東日本大震災・原発事故発生から13年 ~

 2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災及び原子力災害の影響により、福島県では多くの県民が避難生活等を余儀なくされました。

 

避難の長期に伴う生活環境の変化により、メタボリックシンドロームをはじめ心身両面における県民の健康状態の悪化が大きな課題となっており、特に避難地域10市町村(南相馬市、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村)では、広域避難者を含めた全住民の健康の維持・増進のため、保健や医療等のサービスの再構築・強化が進められています。

 

今回は、健康指標が悪化した福島県内で、復興とともに住民の健康づくりに取り組む各自治体の担当者と、それを支援する民間企業の事例についてレポートします。

事業全体を推進する福島県庁

福島県保健福祉部健康づくり推進課の荒家恵氏
福島県保健福祉部健康づくり推進課の荒家恵氏

 複合災害を受けた福島県は、「ひとつ、ひとつ、実現する ふくしま」のもと、復興と明るい未来に向けた取り組みを着実に進めています。

 

 健康づくりにおいても、多くの県民が被災し、被災者の方々の生活環境の変化等による心身の健康の悪化が懸念され、福島県では、市町村に対する人的支援や体制整備に取り組んできました。その中で、原発周辺の相双地域(浜通り)から避難している住民の健康増進・被災自治体の健康づくり体制整備支援を目的に、2021年度から、従来の体制をさらに整備強化した「被災地域の健康課題解決支援事業」を進めています。

 

 県全体の健康づくり施策を統括する福島県保健福祉部健康づくり推進課の荒家恵氏は次のように語ってくれました。「福島県では3.11以降、メタボリックシンドローム該当者が全国ワースト4位と、県民の健康指標が低迷しています。また、故郷を離れ避難されている方々は分散居住により自治体の健康増進事業サービスが届きにくい、という課題もあります。そのため、避難している方々の健康づくりをより広域で支援していくことが求められ、被災自治体が広域避難者を含めた全住民の方々への保健活動の体制を整備・支援することが必要です。」

 

 ただ、行政単独での実施は難しい点もあるそうです。「行政機能は各市町村に戻ってきましたが、既に帰還された方、広域避難されている方など、住民の皆さんへの支援については各市町村で状況が異なり、直面する多様な課題に自治体だけで対応できるものは限られてきます。そんな中、支援に意欲的な民間企業と提携することは健康づくり施策の幅を広げることにつながります。」(荒家氏)健康指標の大きな改善にはまだ時間がかかりそうですが、復興と足並みを揃えて健康づくりを加速するため、民間企業の力を借りることも大変有効な方法だと感じている、とのことです。

県出先機関としての保健福祉事務所

 震災後、双葉郡8町では隣接するいわき市に役場を移転するところが増え、これに伴い多くの避難住民もいわき市に集中するようになりました。増加する避難者(最大時で約24,000人)と市町村への支援に対応するため、県は2011(平成23)年9月から保健師の派遣等を開始。さらに体制強化を図るため翌2012(平成24)年6月には自治法派遣職員等を含む職員27名体制で「相双(そうそう)保健福祉事務所いわき出張所」を開設しました。

本所(南相馬市)と連携し、主として同市内に居住する避難者の健康支援を行っています。

 

 一方、この13年間で避難者の分散化や多様化も進み、従来の保健事業と広域に避難している住民への支援の両立は一層難しくなってきています。

県の出先機関として地域の健康づくりを管轄する相双保健福祉事務所では、住民が自発的・継続的に健康づくりに取り組めるよう、行動経済学を活用した普及啓発など、被災市町村の事業展開を支援しています。

 

 相双保健福祉事務所いわき出張所の味戸智子所長(左)と遠藤綾乃氏(右)
相双保健福祉事務所いわき出張所の味戸智子所長(左)と遠藤綾乃氏(右)

 相双保健福祉事務所いわき出張所長の味戸氏は、健康課題への取り組みにあたり、住民との目線を特に大切にしたいと言います。

 「いわき市に避難されている皆さんは、地元から離れてしまっているためか、一緒に健康づくりに参加しようという気持ちが弱いように思います。町村の皆さんとは「健康づくりではこんなことができたらいいよね・・・」といったことを出来るだけ近くで積極的に話し合いながらやれたらいいなと思っています。福島県は健康指標があまり良くなく、この相双地域では特にそうです。そうした中で、どのようにして皆さんのリテラシーをあげ行動を促す応援をしていくか、ずっと課題意識の中にあります。健康行動の輪が広がり、これならできそうと自ら行動をしてくれる人がもっと増えてほしい、そういう想いで支援をしていきたいといつも思っています。」

 

 同出張所の遠藤氏は、健康づくり施策の有効な実施のためには参加者の気持ちへの配慮も大切であると考えています。

「震災発生後にはサロンやお茶呑み場のようなコミュニティを立ち上げたりしましたが、避難者の中には、そもそもみんなで集まるのは苦手という方や、参加者が固定化されている場に途中からは入りづらいという方、あるいは普段はひとりでも大丈夫だけれど何かの機会があれば集まりたいといった方などがおられます。広域での企画となれば当然いろいろな方がいらっしゃるので、継続していくためには簡単で無理せず気軽にどのような方でも参加しやすい、といった工夫が大切になると思います。」

特別なことをするのではなく、その人の日常生活の中で自然に健康づくりが続けられるような仕組みがポイントになる、ということのようです。

象徴となった双葉町

福島県双葉町 伊澤町長
福島県双葉町 伊澤町長

 大震災・原発災害から13年、今も住民のほとんどが町外へ避難を強いられる双葉町。浜通りにある同町は、ほぼ全域が帰還困難地域に指定されましたが、2022年8月、双葉駅を中心とする特定復興再生拠点区域が避難解除され、新庁舎も開庁しました。

 

 「われわれが生きているうちに帰還できるとは、被災直後はとても考えられませんでした」。新庁舎でこう振り返るのは、福島県双葉町の伊澤史朗町長です。

同町に居住する住民は現在103人(2024(令和6)年1月1日現在)。帰還者と転入者が半々です。「戻るまで11年5ヵ月かかりました。こんなに長い避難を強いられたのは、この町しかありません。一方で、今でも町民のほとんどは全国300以上の市区町村に避難しています。」

復興はまだ緒に就いたばかりですが、年月の経過で加齢に伴う身体の変化も出てきてしまいます。

 「私自身、加齢とともに筋力の衰えを感じます。一部帰還が始まったとはいえ、私も職員も気持ちが安まることはありません。メンタル面も含め、まずは職員自身の健康が整わなければ復興は進みません。」(伊澤町長)

双葉町健康福祉課健康づくり係長安部恭子氏
双葉町健康福祉課健康づくり係長安部恭子氏

 健康づくりの実務に携わる健康福祉課の安部恭子氏も「双葉町の医療費・介護給付費は県内でも高く、健康寿命が短いことと要介護等の期間が長いのが課題で、まず取り組まなければならないのは生活習慣病の問題ですね。健診受診率も、高齢者は高いが全体としては低いことも課題です。対象者に健診結果を見てもらうためにも、特に生活習慣を見直してほしい世代に受診してほしいです。」同時に、身体が動く若いうちから将来のフレイルを予防することの重要性を訴えます。

「現役の職員などはクルマ通勤の方が多く、運動の機会が少ないことがわかりました。しかし運動や健康への関心は決して低くない。「歩くこと」は最も簡単で基本的な日常の運動なので、若いうち・身体が動くうちに習慣づけてほしいですね。」(安部氏)

 

 

 双葉町が策定している「健康ふたば21計画(第二次)」は、「町民一人一人が、居住している地域で、希望や生きがいをもって日々を過ごすための基盤となる健康を大切にできる」ことを基本目標としており、町の基本計画「双葉町復興まちづくり計画(第三次)」につながる医療・健康・福祉・介護分野での基本方針に位置づけられています。双葉町と同様、周辺の自治体も多くの課題に直面していますが、復興や暮らしの再生のためには生活習慣の改善による健康増進や健康寿命の延伸が大変重要です。

健康支援の一翼を担う民間企業

花王GENKIプロジェクトリーダーの守谷祐子氏(花王人財戦略部門 健康開発推進部長)
花王GENKIプロジェクトリーダーの守谷祐子氏(花王人財戦略部門 健康開発推進部長)

 健康づくり担当の皆さんがそれぞれの領域で懸命に取り組むなか、県は保健事業を加速させるため健康づくりの知見を持つ民間企業との連携を模索してきました。その企業の1例が花王㈱のGENKIプロジェクトの健康支援です。

 

 同プロジェクトのリーダーを務める守谷祐子氏に伺いました。「私たちは、企業の社会的責任(CSR)という観点から、健康増進を社会へ還元していくことを常に意識し活動しています。長年の『健康と暮らし』に関する研究成果を自社社員と家族の健康増進に活かしてきましたが、近年はその成果をもとに広く世の中に貢献したいとの願いで、自治体、企業、高齢者施設などへプログラムを提供させていただいています。」

 

 その1つに、いつまでもしっかり歩ける「歩行力の維持」を目指した「歩行力改善プログラム」があります。「この福島県双葉町 伊澤町長双葉町健康福祉課健康づくり係長安部恭子氏

プログラムは、もともとは赤ちゃんのオムツの開発をきっかけに研究を重ね、『どう歩くか』や質を重視した効果的な歩き方を研究機関とともに追求し、その成果とノウハウを活かして『見える化』したものです。」(守谷氏)

 

 その1つに、いつまでもしっかり歩ける「歩行力の維持」を目指した「歩行力改善プログラム」があります。「このプログラムは、もともとは赤ちゃんのオムツの開発をきっかけに研究を重ね、『どう歩くか』や質を重視した効果的な歩き方を研究機関とともに追求し、その成果とノウハウを活かして『見える化』したものです。」(守谷氏)

 

 同社は、東日本大震災が発生すると、「スマイルとうほくプロジェクト」(東北の新聞3社が連携し被災地を応援する運動)などを通じ、物資の提供はじめ様々な支援活動に、社員が参加。避難所では少しでも「歩行」を意識してもらうように歩行年齢計(ホコタッチ®)を提供。以降もGENKIプロジェクトが県内各地へこの「歩行力改善プログラム」を提供するなど、活動を続けています。「歩行力改善プログラム」は、機器やアプリケーションソフトを単に配布するだけのシステムとは異なり ①前述のホコタッチ®を装着し日常ウォーキング ②月に1回ホコタッチ®スポットに出向き、結果出力して歩行の量・質を振り返る ③これと平行し節目で実施する歩行力測定会で自身の歩行特徴をチェックし歩行力の改善を促す というものです。

 

 「今日の社会は、急速な高齢化に伴い病気やフレイルの人が増加し、介護・医療費が経済を圧迫しています。健康寿命の延伸と、国の財政の持続可能性を両立するには、誰もが自分自身の健康を正しく管理できるしくみが必要です。こうした喫緊の社会的課題の解決に少しでも寄与できるよう、各自治体の皆様と一緒に取り組むことも私たちの大切な役割だと思っています」(守谷氏)

 被災地域の健康課題解決支援事業で、同社の「歩行力改善プログラム」の実施に携わった前記の各担当者のみなさんからは、

●「参加者からは、歩行改善だけでなく、『ホコタッチ®で会話が生まれ、モチベーションが上がった』という声もよくいただきます。」(荒家氏)

●「ホコタッチ®スポットが、住民との交流の場になり、そこで新しい健康課題をキャッチできるメリットもあります。」(遠藤氏)

●「楽しく取り組みやすいとか、継続したことで体の変化がわかるとか、3ヵ月やっただけでこんなに変わるんだね、といった話を参加者のみなさんとできたことがよかった。だから続けられると思います。」(味戸氏)

●「現在65歳ですが、歩行力測定会で『歩行スピード年齢』の結果が80歳と出て驚きました。それからは自分の健康は自分で守らなければ、と意識して歩くようになりました。」(伊澤町長)

●「来年度は、できるだけ多くの帰還者・転入者・職員にプログラムに参加いただき、ホコタッチ®をきっかけに、健康づくりだけでなく、お互いの交流を深めていただければと考えています。」(安部氏)など、歩行力の改善だけでなく、健康意識やコミュニケーションの向上にも繋がった、という感想がありました。

 

また、企画段階での担当者間の連携においても

●「各市町村の健康づくり担当の皆さんが、これなら自分たちも気軽に活用でき成果も出せそう、と積極的に捉えていただけるようになったのが大変良かったと思います。被災自治体では、多忙や住民が揃っていないといった事情でこうした施策をこれまで実施できておらず、積極的にやっている他の自治体との間に差が出てしまうことは避けたいと思っていました。」(味戸氏)と、地域内での協働も一層推進されたようです。

 

他の地域以上に難しい要素を抱える中で、復興と健康寿命延伸を目指す被災地域。帰還者、転入者、避難者、それをサポートする職員と、そこにノウハウを持つ民間企業の連携が加わることで、これらが一層加速されることを願ってやみません。



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